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大納言の間


大納言の間は、慶長年間、善徳寺が前田大納言利長を迎えるために造営した建物で、慶長9年8月に、鷹狩の途中、利長はここに、3日間逗留したと言います。

この大納言の間については、色々な疑問があります。

この部屋の造りは「簡素質朴」と表現されています。この部屋の柱は虫食いがあります。荒削りの柱で、一見、商品価値が無いように見えます。

しかし、柱は細いけど心材を使っているので、倒壊することなく現代に伝わるのだそうです。

正面の庭石も数トンはあろうというたいへんな巨石です。これだけの部材を集めて建築するには、準備を含めて2ヶ月は要したでしょう。

ところが、この部屋の、落縁は、桐材が用いられています。虫食いの柱に桐材。実にアンバランスです。いったい、これらの部材をどこから調達したのでしょうか。

これらをじっくり考えてみると、利長が城端・善徳寺を訪れたのは、事前に決まっていたようです。そして、大納言の間は利長の趣向に合わせて造営されたものでしょう。

また、虫干法会に大きな扇が展示してありました。この間仕切りは上段の間と対面所の襖の替わりに用いられたもので、外側は青く、内側は明るい色の色彩がきれいです。外側からは厳しい威厳があり、内側は実に和むのです。

大納言は、この大きな扇を左右に下ろし、その中央に座して居られたのです。

これは実に優雅ですね。逆に考えると、この大納言の間は、実に独創的な造りなのです。

この建造は、賓客を迎える善徳寺が行ったものですから、事前に利長の趣向を知っていた空勝僧都の考えたものでしょうか。

思うに、空勝が城端・善徳寺の更なる発展を願い、最大級のイベントを企画したものではないかと思います。そして、独創的な嗜好が利長の好感を呼び、広大な善徳寺屋敷は免租となり、これが今日までの隆盛を築いた基となったとも考えます。

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