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空勝僧都の軍配

 

善徳寺六世、空勝僧都が虫干法会で拝観しました。ここで皆さんが疑問に思うのは、空勝が軍配と数珠を持っていることです。空勝僧都は、越前西光寺出身で、元亀元年、織田信長と石山本願寺が不仲となって合戦に及んだとき、越中の門徒を引き連れ、大坂に参陣し、武器弾薬・兵糧を補給し、石山本願寺教如上人の高い信頼を得たと言います。

 一説には、空勝僧都は、身の丈7尺で強力無双、弓馬剣術に長けていたと言います。つまりこの像は、僧でありながら、武人であった空勝を表しているのです。空勝の活躍によって、城端善徳寺は織田の手に掛かって焼け落ちることなく現在に命脈と続いています。

なお、下の軍配は、教如上人から送られたものだそうです。

 しかし、空勝が優れているのは、軍人の素養だけではありませんでした。慶長9年には、前田利長が善徳寺に三日間逗留し、その御殿が大納言の間として現存しています。そして、広大な寺域が免訴となり、城端が発展する基礎を築きました。波乱万丈の人生を送った空勝は、元和8年10月6日、82歳の生涯を終えたと伝えられます。

「教如上人と空勝僧都」城端別院善徳寺著